いじめを乗り越えて人生を幸せに生きるための方法

いじめ体験、その後遺症をどう乗り越えてきたか、人生を幸せに生き直すためのコツを紹介しています。

復讐の果てに待つもの

私が復讐したいという思いに駆られて、それをなかなか捨てきれずにいた時、
ある一人の人物の物語が頭に浮かんできました。

 

その人物とは、戦乱の世に生まれたある一人の男性の戦士のようでした。


彼は戦争によって自分の愛する大切な家族、妻と子供を皆殺しにされてしまいました。

 

その恨みから仇を討つという名目で、家族を殺した犯人に復讐することを誓いました。

 

そして、何年もかけて犯人を探し出し、暗殺するという綿密な計画を立てました。
その目的のために血のにじむような努力をし、
人殺しだろうと何だろうとやれることは全部やっていました。

 

もうその頃には、彼は復讐心に捕らわれていて、手段を選ばなくなっていたからです。

 

彼は、ただ一つ自分の愛する家族を奪った憎き仇を討つことだけに、
その残りの人生をかけていました。

 

そして、ある日、とうとうその犯人と対面することになりました。

 

それまで執念で追い続けてきた犯人とようやく対峙し、復讐する機会を得ることに成功したのです。

 

彼はこれで積年の恨みを晴らすことができると思いました。

 

でも、予想外のことが起きました。
彼にはその犯人を思いのほかあっけなく殺せてしまったのです。

 

その時、彼は戸惑いました。
目的を達成できた時に自分が感じるであろうと予想していた清々しさは全く感じられなかったからでした。

 

それに、自分がこれまで経験してきた復讐までの血のにじむような道のりを思うと、その犯人が自分の手によってあまりにもあっけなく死んでしまったという事実が、なんとも言えない虚しさと悔しさを感じさせました。


彼はその瞬間「こんなんじゃ、俺の恨み、苦しみは晴れない!俺の人生はお前のせいで狂わされた。こんな簡単に死ぬな!また生き返って、俺に何度でも殺されろ!そうでなければ気が済まない!」と思いました。

 

そして、彼はその犯人をあと何回殺せばこの憎しみが晴れるのだろうかと考え始め、段々と狂気を帯びていきました。

 

目の前に横たわるボロボロになった人形のような犯人の死体をいくら傷めつけても、自分の中で大きく膨れ上がった憎しみは一向に晴れることはありませんでした。

 

また復讐を果たしたとしても奪われた自分の大切な家族は帰ってくることはなく、仇を討ったことを共に喜んでくれる仲間すらいませんでした。

 

その時、彼は復讐しても自分の憎しみは晴れない、むしろそのことによってもっと苦しみが増すだけだということを悟ったようでした。


やがて、彼は仇を討つことだけに自分の人生すべてを捧げてきたことを後悔するようになりました。


その後悔と苦しみ、狂気の中で人知れず野たれ死んだようでした。

 

私が復讐心に駆られそうになると、なぜか不思議とその一連の物語が
フラッシュバックするかのように脳裏に浮かびました。

 

私はその人物の人生を通して、復讐を果たすことで一体何が得られるのか、
復讐の果てに待っているものとは何なのかを
疑似体験したかのような感覚になりました。

 

そのことで復讐したい気持ちに急激なブレーキがかかりました。

 

さらに、復讐では何も解決しないのかもしれないと思うようになりました。

 

この物語には続きがあって、彼は仇を殺したけれど、
その仇にも実は大切な家族がいました。

 

そして、今度はその子どもが父親を殺されたと言って、
その彼に憎しみを抱くようになっていくという話です。

 

つまり、復讐は復讐しか生まない、
それを繰り返してもエンドレスにそれが続くだけだということに気づきました。

 

自分をいじめる人に復讐したいと思う気持ちが起こるのはわかりますが、
そうしてしまうと、
永遠に復讐する、復讐されるというストーリーの世界を
生きることをなってしまうように思えました。

 

そこから抜け出すためには、そのことに気づいて、
「復讐心を捨てる」ということを自分が選ばなくてはならないんだと思いました。

 

その後、私はやられたらやり返すという復讐ではない道を選ぶことに決めました。