いじめを乗り越えて人生を幸せに生きるための方法

いじめ体験、その後遺症をどう乗り越えてきたか、人生を幸せに生き直すためのコツを紹介しています。

いじめと嫉妬の心は似ている その1

誰かをいじめたくなる心は嫉妬心にもよく似ています。

 

自分が欲しいものを自分は手にすることができなかった。

 

でも、自分の身の周りにはそれを何の苦労もなく当たり前のように
手にしている人たちがいるのを見ると無性に腹立たしくなります。


そして、その自分が欲しいと思っているものを相手から奪ってみたくなるのです。

 

なぜかというと、自分には与えてもらえないのに、
なぜ他の人には与えられるのか、そこに不服、不公平さを感じるからです。

 

自分に与えられないものが他者に与えられているのはおかしい、
どうしても納得がいかない、不満であると感じた時、
相手と自分とを同じ状況にすれば、
どこかせいせいするというか、心の負担が軽くなります。


そこで、「自分と同じようにお前もそれを持つな!」という気持ちから
相手の不幸を願ってみたり、もしくは自分が欲しいものを相手から奪いたくなるのです。

 

そうやって、相手を自分と同じ立場に立たせようという気持ちが働いています。
 

そういった行動の背景にあるのは、
その人の中に、自分が欲しいと思うものを私は自分に与えられないという
「諦めの心」があるのです。
 
欲しいものがあった時、それを自ら自分に与えるのではなくて、
他者から奪おう、もしくは他者が得られないようにしてやろうという発想になるということは、その根底に自分は自分が欲しいと思っているものを与える力がない、
相手から奪うしかないという思い込みがあるからです。

 

その思い込みが生まれるためには、
その人が人生のいつかの時点で「諦めの心」を持ったということになります。
 

自分で自分を満たしてあげればいいのに、
それができないと初めから諦めているから、他者から奪うか、
他者を蹴落とすかして自分の心を満たそうと考えてしまうのです。

 

この「諦めの心」は、その人が現世を生きる過程で持ってしまった場合もありますし、
前世から引き継がれている場合もあります。

 

いずれにしても、その人の中にそのような「諦めの心」を持つに至るような
出来事、トラウマとなるような心理的ショックがあったという可能性は高いと言えます。

 

誰かをいじめたくなる心もこの嫉妬心と同じで、
自分が不幸だから、
相手も同じように不幸に引きずり込みたいという本音が隠れています。

 

次回「いじめと嫉妬の心は似ている その2」に続きます。