いじめを乗り越えて人生を幸せに生きるための方法

いじめ体験、その後遺症をどう乗り越えてきたか、人生を幸せに生き直すためのコツを紹介しています。

いじめと嫉妬の心は似ている その2

前回の嫉妬の話から、いじめについて話を戻すと、
いじめる人は誰かをいじめることで自分と同じ不幸な状態に引きずりこみたい
ということになります。

 

誰かをいじめている本人はそのことに全く気づいていないけれど、
周りを不幸にすることで、自分が不幸であることを感じにくくしたい、
一時的に忘れたいというのが本音だと思います。


それに、「諦めの心」がその人の中にあると、
本人もなぜかはわからないのに不思議と他者をいじめたくもなります。


でも、その本当の原因は、その人に「諦めの心」があるからで、
本当はそれを自分の心に刻んだ出来事、人、
それらを取り巻く現実の世界に対して恨みがあるのです。


初めは「なぜこの現実の世界や周囲の人は自分にそんなショックを与えたのか?」
と思います。

 

でも、その理由がわからない、それを示してもらえなかったり、
もしくは自分にその原因があったということを認めたくないと思ったりすると、
それがやがて恨みへと変わっていきます。

 

自分を取り巻く周囲が悪いと思い始め、どんどん恨みだけでなく、
憎しみ、怒りにも変わっていきます。

 

その恨みの矛先が他者へ向いた時、誰かをいじめたくなる、
いじめることでその恨みを解消しようとしているのだと思います。

 

それはある意味で現実の世界や周囲に対する挑発的な行為とも言えます。

 

「この現実の世界や周囲の人たちは自分に欲しい物を与えてくれなかった。
だったら、私は他者をいじめることで復讐してやる!」
という気持ちになってしまうのです。
 

周囲が自分自身を満たす力を奪ったんだと思い込んでいて、
自然と誰かをいじめることに落ち着いてしまうのです。


誰かをいじめている時、
自分の行為によって当然他者が苦しむ姿を目にすることになります。

 

それはどこか自分の力が強い、自分が影響力を持っている、
自分の行動が他者に作用しているという感覚を得られます。

 

ある意味でそれは一時的な快感にもなるようです。
 

本当は自分の力で自分の人生に影響を与えたい、
自分の力でこの現実を変えたいと願っているのに、
それが叶わないというトラウマによる思い込みがあるために、
他者にネガティブな影響を与えることで、
その欲求を一時的に満たそうとしてしまうのです。

 

わかりやすく言うと心が誤作動を起こしているのです。

 

それは、本人も気づかぬまま、
本当に得たいものと真逆のものを得ることで、
一時的に満足感が得られると錯覚してしまっている状態とも言えます。
それはとても哀れです。

 

つまり、私はいじめる人の心にも癒しが必要だと思っています。

 

いじめる人も本心では誰かをいじめたりなんかしたくないと思っているのに、
なぜか自分でもわからず、その衝動に突き動かされてしまっています。

 

自分を制御できない、
まるで操り人形のように無意識に行動させられてしまっているということに
目を向けてあげる必要があると思っています。 


いじめる人、いじめられる人は、実はどちらも不幸な存在であって、
両方とも幸せになっていく必要があると私は思います。