いじめを乗り越えて人生を幸せに生きるための方法

いじめ体験、その後遺症をどう乗り越えてきたか、人生を幸せに生き直すためのコツを紹介しています。

霊的真理を知る その2

もし魂の存在がなければ、私はとっくの昔に自殺していたと思います。

 

なぜなら、ただ苦しむだけの人生、
拷問のような人生に何を心の支えとして
生きていけばよいのかわからなかったからです。

 

そして、そのことを振り返ってみて、
今の子どもたち、特に10代の子どもたちが、
もしかするとそれを知らずにいることは可哀想なのかもしれないと思いました。

 

今もいじめが原因で亡くなる子のニュースを見ることがありますが、
その時、その子はこの霊的真理を知ることができず、
無知の中で死んでしまったのではないかと胸が痛みました。

 

もしその子に少しでもそういったことを知る機会や、
そういった概念に触れる機会があれば、
もっと違ったアプローチ、人生の歩み方を選べたのではないかとも思いました。

 

私は自殺することが悪いとは言いません。

 

実際に私も過去に何度も自殺しようと思ったことがあるからです。
それくらい辛いと感じる出来事がこの世にあるということは
自分自身の体験から知っています。

 

ただ、そういった状況において、
自殺が最善の選択肢だということは完全に否定しています。

 

選ぶのは本人の自由ですが、
それがベストな選択肢ではないということに気づいて欲しいと願っています。

 

また、私が10代だった頃、霊的真理など、人生の意味について
なぜ誰も何も教えてくれなかったのだろう?
ということもふと疑問に思いました。

 

なぜそんな当たり前のことが伝わっていないのか?

 

もし私が自分の手で人生の意味を探し求めなかったら、
私はあっけなく自殺していたと思いました。

 

そして、生きるか死ぬかという極限の状態まで陥らないと、
そういった概念や知識に触れられなかった自分の人生を思うと、
この時代に生まれたことが、
どこかそういった意味で生きにくい世界だと思わされました。

 

私は、〝目覚め〟〝悟り〟というものが、
もっとシンプルに人生にもたらされればよいのにと思っています。

 

私は差別やいじめを経験し、
精神が病んだことで、必然的に自分の内面と向き合うことになり、
それが結果として〝目覚め〟に近づくことになりましたが、
すべての人が私のような人生の経過をたどらなくても、
目覚めに至ってよいように思いました。

 

私はいじめという人生体験を選び、
そこにある種の風穴、解放に至るプロセス、パターンを
見つけ出すことに成功しましたが、それはある意味で死と隣り合わせで、
とても危険な賭けであったとも思いました。

  

一歩間違えれば、私も自殺していた可能性があって、
そんな危うい橋を渡らなくても〝目覚め〟に近づきたいと思いました。

 

だから、私の人生で得たもの、
つまり、その目覚めに近づきやすくなるための何かきっかけを
現代そして未来を生きる後世の人たちのために、
残しておきたいと思うようになりました。

 

実はこのブログも始めたのは、
少しでも多くの人たちにとって目覚める助けになれればと思ったからです。

 

おそらく私のこのブログを読む方は、
遠いところで私と何らかの縁がある人に限られているとは思いますが、
このブログが一つの目覚めに至るプロセス、
きっかけになってくれればよいと心から願っています。