いじめを乗り越えて人生を幸せに生きるための方法

いじめ体験、その後遺症をどう乗り越えてきたか、人生を幸せに生き直すためのコツを紹介しています。

中心人物を見抜く観察眼

私は、いじめられるという体験の中で、
相手の本心を探るという独特の視点を持つようになりました。

 

自分を差別したり、いじめる人を見る時に、
その相手はどういう意図で私に対してそれを行っているのか、
その心の奥にあるものを覗こうとする変な癖がつきました。

 

単に嫌悪感から反射的に悪口を言っているのか?

 

意図的に傷つけてやろうという意志が働いているのか?

 

周りにつられてただ言っているだけなのか?

 

いつもその相手を一人一人分析していました。

 

特に集団でいじめる人たちを一度一人一人をばらして個人として向き合い、
その心の奥を眺めてみると、何となくその相手の本心のようなものが
自分なりに理解できるようになっていきました。
 
例えば、まずいじめの集団におけるリーダー、中心人物が誰なのかを見抜きました。

 

その中心人物がいじめを促している、扇動しているということが
すぐにわかりました。

 

そう判断すると、その中心人物以外で
一緒になってそれを行ってる人たちは本心では
意図的に自分を傷つけようとするつもりはなかったんだということが
感じられたりもしました。

 

単に仲間としてそのリーダーに付き従っているだけという印象を持ちました。

 

おそらく私の悪口を一緒に言わないと
その集団から浮いてしまうという怖れから言っている人たちも
中にはいたのだろうと思います。

 

その状況に応じて日和見主義で動く人、
中心人物によって上手くコントロールされている人だという気がしました。

 

そういう人たちは、もし私と一対一になったら
きっと何も言えないのだろうと思え、
あまり相手にしても意味がないと思って見ていました。

 

集団という隠れ蓑を使い、虚勢を張って一緒になって言っているだけだという
本質的な弱さが何となく感じられたからでした。

 

でも、いじめの中心人物の中には
本当に心の冷たい人、意地の悪い人、ひねくれている人たちもいました。

 

そういった人は周囲も巻き込んで、
集団で自分を攻撃してくるので、正直質が悪いと感じていました。

 

私はそういった人に対しては内心強い憎しみや嫌悪感、敵意を抱いていました。

 

同時にその中心人物さえ負かせばどうにかなるという思いも持っていました。

 

私は当時、そうやって敵対心を持ち、自分をいじめる人たちを蔑んで見ていました。

 

どこか自分もいじめる人同様に意地悪な性格だと思いましたが、
いじめる人と対等に渡り歩くには、
これくらいの図太さや意地の悪さも必要なんだと
心の中で自分を肯定していたように思います。 

 

そういった経験の中で、私はいじめの中心人物を特定し、
見極めるという観察眼を自然と身につけました。