いじめを乗り越えて人生を幸せに生きるための方法

いじめ体験、その後遺症をどう乗り越えてきたか、人生を幸せに生き直すためのコツを紹介しています。

二重の悲しみ その1

差別やいじめの中で感じた悲しみは、
自分だけのものだけではありませんでした。

 

周囲から差別され、いじめられているということを
自分からは一切家族に打ち明けませんでした。

 

また、精神が病んでもそれを家族に告げず、
自ら精神科の病院へ行くことも拒みました。


その一番の理由は自分の悩みを打ち明けることで
家族であっても余計な負担をかけたくないと思ったからでした。
どこか一緒にそれを背負わせることが申し訳ないと感じていました。

 

家族もそれぞれ自分の悩みや葛藤を抱えながら人生を生きていることも
傍目に想像がつきましたし、
これ上問題を増やして大変な思いをさせるのは悪いという気がしました。

 

特に自分の悩みは重く、
すぐに解決できる問題ではないとも思い込んでいたので、
そんな自分の負の産物を家族に引き継がせるような真似はできないと思いました。

 

自分の悩みを共に誰かに背負わせるのは酷だという思いがずっとありました。

 

そして、半分は強がりだったのかもしれませんが、
これはきっと自分が生み出した悩み、問題だから、
自分以外の人は解決できない、
解決する方法を知らないだろうと諦めてもいました。

 

また、差別されいじめられているという事実を、
家族、特に両親には知られたくありませんでした。

 

なぜかというと、差別される、嫌われる要素を持つ人間が家族であるなんて、
きっと恥ずかしいと思うはずだという考えがあったからでした。

 

自分のことが、家族にとっての負、汚点、恥、
絶対に知られてはけないもの、
隠さなくてはならなもののように思えていました。

 

それに両親に対してその事実を伝えたら、
きっと少なからずショックを与え、傷つけるだろうと思ったからでもありまし
た。

 

両親にとって私は自分たちの血肉を分けた存在であり、
ある意味で自分の分身のような思いを抱かれているだろうと思っていました。

 

だから、両親にとって自分の子である私が、
社会や他者から忌み嫌われているなんて知ったらどう思うだろうかと
想像しただけで悲しくて涙が溢れました。

 

私の両親が、私が生まれる前、その誕生を心待ちにしたり、
誕生した瞬間には喜び、その後授乳やおむつ替えなどいろいろな世話を焼きながら、
大事に愛情を注ぎ育ててくれてた姿を想像すると、
後にその我が子が、大きくなって他者や社会から毛嫌いされ、
疎まれ、死んでくれと願われていると知ったら、
言葉に尽くせない程の悲しみを与えるだろうと思えました。


これまで私を育てるためにしてきた両親の努力や
幸せな時間が無残にも打ち砕かれる気がして、
差別され、いじめられているという事実を口にすることが自然とはばかられました。

 

もしそのことが知られたら、連帯責任のような形で両親が、
私を誕生させたことに対して責任を感じたり、
自信を無くしたりするのではないかとも思っていました。

 

だから、絶対にその事実を悟られないようにしようと
細心の注意を払い、両親の前ではそれを全く感じさせるような姿は
見せないように努めていました。

 

次回「二重の悲しみ その2」に続きます。