いじめを乗り越えて人生を幸せに生きるための方法

いじめ体験、その後遺症をどう乗り越えてきたか、人生を幸せに生き直すためのコツを紹介しています。

思考パターンを変える その2

そして、それを知った時、
私はようやく「これは何かおかしいぞ。」と思いました。
「また同じパターンにはまっている。」と我に返る思いがしました。

 

大学に入学する時、これまでの自分の過去を知っている人もいなくなるので、
良い機会だと思い、以前の身体的コンプレックスを目立たなくしました。

 

正直、もうその頃には対人恐怖症がひどくなり始めていたので、
人と違う要素は二つもいらないと思い、それを手離した部分もありました。

 

そして、心のどこかでこれまでとは違った人生が
開けるのかもしれないという期待もありました。

 

でも、その結果は再び同じ状況にはまっていて、
差別されるという被害者意識の中で生きるという人生パターンからは
結局抜け出せずにいることに気がつきました。

 

そのことに気づいてから、
根本的な部分を変えないとだめだと思いました。

 

表面上のことをいくらこねくり回しても何の解決にもならないと思いました。

 

自分の中にある何かしらの欠点を餌にして、
自分の存在を否定しようとするその思考パターンを変えない限り
永遠にこの悩みは尽きないだろうと思いました。

 

私はその当時、自分を不幸にする名人だったのだと思います。

 

もし私がその身体的コンプレックスを生まれ持っていなくても、
きっと自分の中にある別の身体的特徴などから、
他者の異なるところを目ざとく見つけ出して、
いじめられるように仕向けていただろうという気がしました。

 

また、仮に精神が病んでいなくても、
何か性格的な欠点を探し出して、
「これがあるから自分は周りから嫌われる、
差別される、死んだ方がいいと思われている」などということを
考えただろうと想像がつきました。

 

そう考えて自分を眺めてみると、
本当に自分の中に材料にできることはいくらでも見つけることができました。

 

また、実際その程度は異りましたが、小学生の頃から私と同じ身体的特徴を持つ人と
何人も出会ってきていました。

 

でも、その人たちは私のような苦しみを味わっていないように思えました。

 

つまり、似たような条件を人生に与えられても、
私のように生きるとは限らないということがそのことからもわかりました。

 

そのことを知り、すべての原因は自分自身にあるのかもしれないと思いました。

 

ただ、それまでの人生を振り返ると、小学校の頃から
いじめられたり、差別されるという環境、状況に長く身を置いてきたため、
それ以外の思考パターンが思いつかなかったのかもしれないとも思いました。

 

それが奥深くまで染み付いてしまっていて、
それしか自分という存在を定義する物差し、考え方を持ちえなかったという意味では
多少自分に対して憐れむ気持ちが起こりました。

 

でも、「自分にはそういう役がお似合いだ。」
「他の役なんてはない。」と言って、
私は自分自身にレッテルを貼り、無意識にその役の中に自分を閉じ込めていた
という事実は認めざるをえないと思いました。

 

そして、それが可能だったのは、
同じ考え方、思考パターンを持ち続けていたからでした。

 

次回「思考パターンを変える その3」に続きます。