いじめを乗り越えて人生を幸せに生きるための方法

いじめ体験、その後遺症をどう乗り越えてきたか、人生を幸せに生き直すためのコツを紹介しています。

なぜいじめのある世界にいたのか?

私は、いじめのある世界に生きている時は
それが普通、当たり前だと思っていました。

 

でも、今時が経って今まで以上に客観的に見られるようになり、
「なぜ私はいじめのある世界を生きていたのか?」
ということを改めて考えてみました。

 

たまたま自分の生まれた先が、この時代の日本という国で、
そこのある地域で生まれ育ち何気なく生きてきましたが、
そこにいなければならなかった理由とは何だったのか?と思いました。

 

その世界にはいじめがあって、
自分がいじめられる材料を持ち合わせていたのは何でなんだろう?と思いました。

 

もしそれが生前に私が計画してきたことで、
知っていたことだったと仮定したら、
その世界を生きることにどんな目的があったのかを想像してみました。

 

いじめのある世界を生きることを選択することで、
自分は何を学びたかったのか、気づきたかったのか、
知りたかったのかを考えてみました。


いじめられていた当時、
いつ周りは自分をいじめることをやめるのだろうと思い、
どこか自分のことなのに傍観者のように眺めていた部分がありました。

 

他者と少しでも違う身体的特徴があるというだけで、
周囲の人たちはこんなにも自分を嫌うのだと初めて知りました。

 

さらに、他者と異なる点が大きければ大きいほど、
皮肉なことにいじめられる恰好の餌食になれるのだとも思いました。

 

そう考えると、いじめのある世界に生きるために、
私はあえてコンプレックスと思えるものを
わかりやすく持って生まれてきたのかもしれないと思いました。

 

でも、一体なんで自分はそんなことをしたのだろうと思いました。

 

いじめのない世界を生きることもきっとできたと思うのに、
なぜ自分はあえてその世界を生きられるように
自分を変身させていたのだろうと思いました。

 

そして、その世界から中々抜け出そうとしなかったのかを考えてみました。

 

当時、そこから抜け出そうとしなかった理由、
そこに留まり続ける理由とは一体何だったのか、
思いつくだけあげてみようと思いました。


まず一番最初にあった目的として、
「自分の生きる世界を自分で変更することはできない」という思い込みを
無くすことにあったのではないかと思いました。

 

さらに、もっと細かく見ていくと、
他にもいくつもの理由が浮かび上がってきました。

 

次回「いじめのある世界にいた理由 その1」に続きます。