いじめを乗り越えて人生を幸せに生きるための方法

いじめ体験、その後遺症をどう乗り越えてきたか、人生を幸せに生き直すためのコツを紹介しています。

いじめのある世界にいた理由 その1

一つ目として、私はいじめのある世界に居続けていた時、
いじめられることで、自分が過去に他者を傷つけたり、
知らずに犯してしまった罪を償うことになると考えていたことが
思い出されました。

 

今世で生きてきた中での過ちや罪だけでなく、
過去生という自分が覚えていない、
認識できないところでも何か生み出された罪があったとしたら、
それも償っているのかもしれないと思いました。

 

つまり、ある意味で原罪意識のような、
もともと備わっていた自分の罪に対する罪悪感を和らげるために、
いじめのある世界に身を置いていたのかもしれないと思いました。

 

自分には大きな罪があり、
それを償うためにいじめのある世界という現実を生きているのだと思えば、
少なくとも納得できたからでした。

 

もしいじめのある世界というものに人格があったとしたら、
そういう罪悪感や自責の念を持つ人を自分の世界に縛りつけるのは
容易いことだろうと思いました。

 

なぜなら、その罪を償うのにどれだけいじめられればよいのか明確な期限も無いし、
そのあるのかないのかわからない罪の重さといじめられるという刑罰が妥当であるなんて本人はおろか誰も知らないからです。

 

一体誰がそのことによって、
罪が償われるなんて言ったのだろう?と疑問に思いました。

 

つまり、罪悪感や自責の念を持ち続けると
永遠に自分をいじめのある世界に閉じ込めることに繋がると思いました。

 

二つ目は、私はいじめられることによって、
恨みや憎しみ、復讐心を持ちたかったからだと思いました。

 

自分の心の奥底を深く見つめていくと、そういったネガティブな思いを持つ動機、理由となる出来事、きっかけを欲していた自分がいたということがわかり、
そのために自らいじめられるように仕向けていたという衝撃の事実に気づきました。

 

それだけでなく、もし私と同じように恨みや憎しみ、怒り、復讐心を持ってしまった人がいたとしたら、簡単にいじめのある世界に閉じ込められてしまうと思いました。

 

なぜなら、そういった復讐心を持つということは、
復讐を果たすまでは、自分をいじめる人たちと
同じ世界で生き続けなければならないということを意味するからです。

 

復讐を果たせば果たしたで、
また反対に恨みを買うことになり、それはエンドレスに続きます。

 

だから、復讐心を燃やしたり、恨みや憎しみ、怒りを持つということは、
結局いじめのある世界に自分を留めておくことに繋がるのだと思いました。

 

次回「いじめある世界にいた理由 その2」に続きます。