いじめを乗り越えて人生を幸せに生きるための方法

いじめ体験、その後遺症をどう乗り越えてきたか、人生を幸せに生き直すためのコツを紹介しています。

生きる世界を変えるには? その2

四つ目にあげた被害者意識を手離したくないと思っていたことが理由だと気づいた時、
私はそれでも最初はなかなか手離そうとしませんでした。

 

それは、被害者意識を持つことで、
それまで他者の同情心からどこか優遇されてきたと感じていたり、
メリット、何らかの形で得してきた部分が少なからずあったからでした。

 

いじめのある世界にいても、多少の恩恵が得られていたため、
なかなかその世界から抜け出そうという気が起こりませんでした。

 

つまり、いじめのある世界に居続けた方がよいと思ってしまっていたため、
それを変える必要がないようにさえ感じられていたのでした。

 

いじめのある世界から抜け出すことに、居続ける以上の価値を見出さない限り、
抜け出さないというようなそんな頑固な状態になっていました。

 

まるでいじめのある世界に自ら根を張り、
その役にがっちりと自分をはめているような状態でした。

 

そのため、実はこれが私にとって一番手離すのが厄介なことでした。

 

最終的には、私はその役に飽きた時にそれを手離すことができたように思いました。

 

私は被害者意識を持っていた当時、
自分は大事にされるべき特別な存在だと思いたいという欲求が心の奥にあり、
どこか平凡であることを避けていました。

 

時に自分を過大評価したり、
誰かの援助を受けて当然だと思う傲慢さがありました。

 

そして、そんな可哀想な自分は、
誰かが救わなくてはならない、救ってくれるのだと信じ、
救世主のような存在が目の前に現れることをただひたすら待ち続けていました。

 

もしくは自分に優しくしてくれる人や、
保護してくれる人に延々と依存していました。

 

でも、どれだけ待ってもそんな救世主は現れることはないと気づいた時、
自分が周囲に依存しているとわかった時、
こんなことをしていてもどうしようもないと思えてきました。

 

それから、自分がそれまでいかに他者に甘えてきたか、
自分の力で何もしようとしてこなかったのかを痛感しました。

 

そして、そんな自分に嫌気が差した時、
初めて「もう自分で何とかしよう!」という気持ちが芽生えました。

 

被害者意識という鎧で自分の身を固め、守ってもらおうとしなくなった時、
つまりそれを持つ必要性がなくなった時、
いじめのある世界からいつの間にか抜け出していました。

 

五つ目にあげた他者に自分のことを理解してもらいたいという理由に気づいた時、
他者は決してすべてを理解することはできない、
すべてを理解できるのは自分しかいないと思うことにしました。

 

他者は自分の苦しみを完全に理解することができないという
当たり前のことに気づいた時、
それを求めることがいかにナンセンスなのかがわかりました。

 

私さえそれをしっかりと受け止めて理解してくれていればそれでよいと思うようにし、
他者に求めることをやめた時、いじめのある世界から旅立てました。

 

もしかしたら、いじめのある世界に居続ける理由というのは、
他にもあるのかもしれません。
でも、私の場合は、先に述べた五つのものが主な理由でした。

 

それらすべての理由があったから、私がいじめのある世界にいられたのであり、
抜け出す際にはその理由を別の考え方に置き変えたからそれが可能となりました。


誰かをいじめたり、誰かにいじめられたりする世界というのは、
言葉を変えれば戦いの世界、戦場、弱肉強食のような世界だったようにも思えました。

 

私はそんな世界に長く居続けるうちに、
正直もうこんな世界にはうんざりだと感じたのも本音としてありました。

 

エゴの仕掛ける罠ははまり、
なぜ同じことを何度も繰り返して生きているのかと思い、
その現実を生きることに飽きてしまいました。

 

実はそのこともいじめのある世界を抜け出すきっかけになっていました。

 

もしも今自分がいる世界に不満があって、
その世界から自ら抜け出したいと思っていたとしたら、自分がなぜ今その世界にいるのか理由をまず考えつく限りあげてみるようにします。

 

その時、その中には不満と思える世界にいながらも、実は自分が隠れてメリットを受け取っていたという事実が浮かび上がってくることも往々にしてあります。

 

そして、それらのすべての理由がエゴの罠であると見抜き、
手離す、もしくは別の考え方に置き換えていくことが、
「それまでいた世界から抜け出す=現実を変える」のに
最も有効な手段だということがわかりました。

 

生きる世界を変える、現実を変えるというのは、
そういった一つ一つの過程を踏むことによって可能になり、
その後新しい生き方に繋がっていくのだと思いました。