いじめを乗り越えて人生を幸せに生きるための方法

いじめ体験、その後遺症をどう乗り越えてきたか、人生を幸せに生き直すためのコツを紹介しています。

自分自身を許せると他者も許せる

自分自身と仲直りをした時、実はもう一つの副産物がありました。

 

「自分自身と仲直りする」に関する記事はこちらをご覧下さい。↓

 

syakadou77.hateblo.jp

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それは、他者を許せるようになったことでした。

 

苦しみの原因のすべてが私自身にあったと素直に認め、許せるようになってから、
これまで他者が私に対してしてきたこともなぜか自然と許せる気持ちになれました。

 

私自身がこれまで自らいじめられるように仕向けていたことに気づいた後、
自分をそのように扱ってしまったことは、ある意味必然であったと思いました。

 

その当時の私はできる範囲で精一杯生きていましたが、
その結果がそれだったというその事実を
まずありのまま受け入れることにしました。
すると、そのことについて自分を責めることをしなくなりました。

  

そう考えてみたら、他者が私に対してしてきたことも同じように思えてきました。

 

他者もそれぞれ性格や人生経験は異なっていて、
できることとできないことがあるのだと思えてきました。

 

また、反射的に嫌悪感を抱いてしまう人たちや、
集団心理によって周囲につられて一緒になって
いじめや差別に加担していた人たちを思うと、
果たして自分が逆の立場だったら、
同じように私を絶対傷つけなかっただろうか?と疑問に思いました。

 

むしろ、自分の性格を思えば、逆の立場であったら、
たとえいじめなかったといしても、
多少同じような差別的な目で見てしまったかもしれないと想像されました。

 

そう考えた時、もしかしたら自分さえもできなかった可能性のあることを、
他者に求めるなんてどこかムシが良すぎるようにも思えてきました。

 

私の人生の前に現れた人たちも、
私と同じようにその当時持ち得る経験や思考や感情によって、
ある意味で限界のある制限の中で生きていたのだから、
私をいじめたり差別したりするという行動を選択をしたことが、
必ずしも間違い、悪いことだったとは責められないと思いました。

 

例えば、思いやりを他者に向けるということの大切さに
気づくような経験をしていなければ、
他者がどのように感じるのかなど全く想像がつかず、誰かを傷つけてしまうだろうし、
無意識の状態で周囲につられてしまえば、それを真似して行ってしまうかもしれないと思いました。

 

突き詰めると、責められるべきはその人ではなく、
その人の行動を決めている考え方にあるのではないかという気がしてきました。

 

そのように誰かをいじめたり差別したりするという形でしか振る舞えない人たちに対して、哀みを抱くことはあっても責める気持ちを抱くというのはどこか違うという気がしました。

 

もし仮にこれが正解、正しいという行動や反応のあり方があったとしても、
いじめる人たちがそれを選択しないということの裏には明確な理由があり、
それを選択するようになるための行動の動機、条件、きっかけが
欠落しているからなのだという気がしました。

 

それが備わっていないのに、
「なぜ私をいじめることをやめないんだ!」と他者を怒って責め立てることは
お門違いなのではないかとも思えてきました。

 

私はその時、他者に対して「こう振る舞え!」と命令するようなことを
思っているということに気づき、
自分は一体何様なのだろう?とふと思えてしまいました。

 

他者が私に対して抱く感情や、態度、行為は私が決定したり、
コントロールできるものではないし、
それが自分の思い通りでないから怒り、憎しみや恨みを抱くというのが、
あまりにも幼稚過ぎないかと思えてきました。

 

私はもうその頃には自分を受け入れ愛するという心に目覚め始めていたので、
他者に自分の正義を押しつけるような真似はしたくないと思いました。

 

これまで私が自分自身に対してしてきた人生の選択や行為などをすべてを許せた時、
他者の行為も同時に許せる気持ちになりました。

 

自分ができなかったかもしれないことを
他者に求めることはやめようという気持ちが生まれたことで、
自然と他者を責める気持ちも減っていきました。

 

それと並行して、他者に向ける怒り、恨みや憎しみも
徐々に昇華され心が晴れていくようになりました。

 

その経験から、他者を許せるようになるためには、
まず自分自身のすべてを許せるようになることが鍵になっているということがわかりました。

 

私はその当時、とても未熟者で自分を不幸にする名人でありましたし、
自分を大切にすることができず、幸せにしてあげていませんでした。

 

でも、そんな完璧じゃない自分を丸ごと受け入れ許そうと思えた時、
自然と他者を許せていました。

 

「自分自身を許せる人は、他者を許せる。」
「他者を許せたのは、自分自身を許せたからだった。」

 

そういった繋がり、因果関係があるということがわかりました。

 

他者を許すためには、まず自分がそのような人生を創造してしまったことを認め、
そんな自分のすべてを許すことができるようになることが肝心なのだとわかりました。