いじめを乗り越えて人生を幸せに生きるための方法

いじめ体験、その後遺症をどう乗り越えてきたか、人生を幸せに生き直すためのコツを紹介しています。

怒りは私を守るために生まれた

まず最初にこちらの記事をご覧下さい。↓

 

syakadou77.hateblo.jp

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過去を振り返り、当時私の心の中に攻撃的で怒りを露にするような人格、
もう一人の自分が生まれた理由を考えてみました。
 
すると、その理由の一つは「私を守るためだったのかもしれない」ということでした。

 

当時、私は様々な言葉や行動で精神的に傷つけられても、
一切無抵抗で「やめてほしい」と言葉にして伝えることをしませんでした。

 

黙って見過ごすことが、善良な人間のすることだと頑なに信じて疑いませんでした。
本心の中ではそのことに対して怒りや憎しみの感情が芽生えていたにも関わらず、
それを自分自身でも認識できないくらいにまでずっと抑え込んでいました。

 

でも、今になってみると、
そういったネガティブとも思える感情は必ずしも悪ではないように思いました。

 

私がいつもされるがままに精神的に傷つけられている時、
自分が苦しいと感じていると知っていたのに、
そこから自分を救うということを一切しませんでした。

 

怒りはその自分をこれ以上他者から傷つけられないようにするため、
防衛本能として生まれたものなのかもしれないと思いました。

 

特に、対人恐怖症になってから、
いつも無意識に目が泳ぎ、焦点が定まらない感覚がありました。
常に周囲に視線を注いでいないと不安な状態でした。

 

何かをしていても周囲に意識が持っていかれて、
落ち着かず心が休まるということがありませんでした。

 

もうその頃には、一歩自分の部屋の外に出た途端、
大袈裟に言えば戦場に出るような心理状態でした。

 

例えば、周りに誰かがいる空間にいると、
何もせずぼんやりと考え事をしたり、時間を忘れて物思いにふけったりするということができなくなっていました。

 

恐怖心からいつも他者の行動が気にかかるため、
いつも頭の中に周囲に関する情報ばかりが入り込んできて、
そこに意識が自動的に集中していました。

 

その結果、自分に対するネガティブな言動を強制的にキャッチすることになり、
まさにそれが悪循環となって、
常に怖れ、不安、緊張を強いられるような状態になっていました。

 

また、自分で周囲を意識しないようにしようと思えば思うほど、
それは反対にひどくなっていきました。


それに私が周囲を気にしないように視点を別のところに向けていても、
実際、意識は周囲全体に向けられていました。

 

さらに、これは妄想でもあったのかもしれませんが、
私の近くにいる他者は私がそのように周囲を警戒し、意識しているということを
なぜか感じ取っているようにも思えました。

 

そのことで、いつも私の近くにいる他者はそのような私に嫌悪感や怒りを抱いているようにも感じられました。

 

自分の考えていること、思っていることがすべて周囲に筒抜けとなって伝わっているかのような、自分と他者との境界線が失われてしまったかのような独特の感覚の中にありました。

 

これも後に精神病の一つの症状であったと知ることになりました。

 

頭の中ではそういったことが理解できていても、
私は自分の意識を周囲に向けてしまうということがどうやっても止められず、
他者に対して強い恐怖心を抱き続けていました。

 

私は、当時そのように他者を恐れて意識しながら、
必死で他者からの攻撃に備えているような、
常に臨戦態勢であったような状態でもありました。

 

今思うと、恐れるものに対して意識や視線を向けることで
自分を守ろうとしていたのかもしれないと思いました。
 
私はその当時自分の生存を守るために必死で、
そのような状況から抜け出すきっかけとして、
怒りという感情を自分の中のもう一人の人格に託すことで
認識するようになったのだと思いました。

 

そして、怒りというネガティブな感情でさえ、
後に自分を守ろうとして働いてくれていたということに気づけました。

 

私は当時そういった感情をあってはならないもの、
いらないものとして排除しようとしたり、
意識的に抑え込んだりしてしまっていましたが、
それがそもそもすべての事の始まりだったのかもしれないと思うようになりました。

 

私は、それまで怒り、憎しみ、恨みなど、ネガティブな感情に価値や役割を見出すことができませんでした。

 

でも、その後、ポジティブな感情と同じように、
そこに等しく光を当てられる、価値を認められるという心境に至りました。

 

怒りというネガティブな感情も必要があってそこに生まれていたんだということ、
それを私に気づいて欲しかったんだということがわかりました。

 

そのように思えた時、怒りの感情に対してさえ感謝できるようになっていました。

 

怒りが生まれたのは私を守るためでもあったと気づき、
そのことによっても怒りの感情は徐々に昇華されていきました。