いじめを乗り越えて人生を幸せに生きるための方法

いじめ体験、その後遺症をどう乗り越えてきたか、人生を幸せに生き直すためのコツを紹介しています。

視線恐怖症になった理由

私は対人恐怖症が特にひどかった時期、
他者視線恐怖症と自己視線恐怖症が併発していました。

 

最初は、私が他者から一方的に視線を浴びる立場でした。
けれど、それがやがて自責の念から
「自分も他者を視線によって苦しめているから、他者から視線を注がれるんだ」
という考え方に変わっていきました。

 

そして、最終的に他者が自分に視線を向けることを許せなくなった瞬間、
同時に自分が他者に視線を向けることも許されなくなったのだとわかりました。

 

他者に対して許せないことは、巡り巡って自分がそれと同じことを他者にした時、
他者から許してもらえないという風に感じられるという心のカラクリに気づきました。

 

「他者を許せない人は自分も許せない」

 

「自分を許せない人は他者も許せない」

 

という、この切っても切れない関係性に気づくようになりました。

 

なぜそのように思えたかと言うと、
自分の視線が他者を苦しめている、不快にしていると過度に怖れを抱く
「自己視線恐怖症」という症状がひどくなった時期と、
他者に対する怒りが高まった時期というのがほぼ同時期だったことに
気づいたからでした。

 
私は、他者が自分にネガティブな視線を注ぎ続け、
自分を傷つけることに対して、
堪忍袋の緒が切れ我慢ができなくなった瞬間から、
それまで抑圧していた怒りが自分の中で溢れ出しました。

 

そして、その瞬間、「絶対に許さない!」と
心の中に刻んでしまったのかもしれないと思いました。

 

これまで自分に向けられきた視線は、
私にとって苦しみや悲しみを生むものでしかありませんでした。

 

だから、「視線」というものが時に凶器になることもわかりましたし、
攻撃性を表す象徴であるかのようにも受け取れるということを知りました。

 

だから、同じような視線を私が他者に向けた時、
必要以上に自分も他者を攻撃している、
不快にしていると思ってしまうのだろうと思いました。

 

他者からある行為をされて感じる自分の感情と、
自分がそれと同じ行為を他者に与えた時に、
他者が感じるであろうと想像する感情は等しいのではないかと思いました。

 

私はそのようにして、「他者を絶対に許さない!」と誓った瞬間、
「他者からも決して許されない」という烙印を押されることになったのだと思いました。

 

そのことで何年も苦しんだ結果、自分が他者にしていることは、
他者からも反対にされるというこの世の仕組み、ルールのようなものを
実感として感じられるようになりました。

 

そして、その発端、起点となっているのは、
すべて自分自身であるということにも気づきました。

 

自分が世界に放っているものを、
他者を通してそのまま受け取っていただけなんだと思いました。
まさに、他者は自分を映し出す鏡となっていました。

 

そして、自分自身をまず許し、自責の念から解放した後、
自然と他者も許せるようになり、
そういった症状は少しずつですが徐々に軽くなっていきました。