いじめを乗り越えて人生を幸せに生きるための方法

いじめ体験、その後遺症をどう乗り越えてきたか、人生を幸せに生き直すためのコツを紹介しています。

自分を愛せるか試されている

私は自分の人生に、いじめられる、差別されるという出来事が起きたのは、
自分自身を愛せず、無意識に心の中で自分が自分をいじめていたことが原因だったのかもしれないと思いました。

 

他者から投げかけられた言葉をそのまま受け入れて傷つくということは、
自分自身がその言葉に同意している、その通りだと認める心が少しでもあるからなのだと思いました。

 

つまり、自分もまたいじめる人たちの共犯者になっているということに気づきました。


例えば、自分の何か欠点と思えることやコンプレックスを指摘されて傷つくのは、
他者がどう思うのかということ以前に、
自分が自分自身に対してそのように思っているからなのだと思いました。

 

言葉を変えれば、「土壌」を自ら作り出しているということが問題なのだと思いました。

 

自分自身でそのような土壌を作っていて、他者はそこに悪口やいじめるという行為で種を播いているに過ぎないのだという気がしました。

 

つまり、根本的な原因は自分自身にあるように思いました。

 

他者が種を播くことを許し、そのための土壌を心の中に用意しているのは自分だということに気づきました。

 

もし本当に自分のことを愛せていたら、そんな不毛な土壌を自分の中に作り出すことをすぐにやめただろうと思いました。

 

また、なぜ自分は他者からそのような言葉を浴びせられ、蔑まれ、惨めな思いをして苦しみを味わわされなければならないのか?

 

なぜそのような状況下に身を置くことを許しているのか?

 

このままいじめられ続ける存在でよいと諦め、
自分自身をそのように粗末に扱うのか?

 

環境や状況を変えることをせず、そこに甘んじているのか?

 

そんなことを自分自身に問いかけてみるうちに、
段々と「私ってそんな無価値でどうでもよいゴミみたいな存在なの?」と心の声が聞こえ、自分自身に対する不満が沸き起こりました。

 

やがて私は、自分自身のことを大切し幸せにしようと思うようになれてから、何とかしてそれを打開する方法を考えようという気持ちになれました。

 

おそらく誰かをいじめる人たちというは、
「こいつは自分のことを愛せていない奴だ。」ということを感覚的に嗅ぎ分けて、その心の弱さ、隙を狙っていじめの対象を選んでいるのだろうという気がしました。

 

時に逃げることで自分を避難させたり、別の環境に身を置かせることで対処をする必要はあると思います。

 

でも、自分を守れない弱さ、自分を愛し幸せにできない心は、
どんな場所に行っても再び同じような状況を引き寄せたり、
無意識に自ら似たような環境を生み出すことに繋がってしまうように思いました。

 

実際は私は環境を変えてもその状況が全く改善されなかった経験があり、
外側の現実ではなく、私の考え方、心に原因があったからだと気づかされました。

 

だから、根本的な解決策として、まず自分自身を愛すること、幸せにすることを一番に考えて欲しいと思っています。

 

自分の欠点と思えることや、コンプレックスを受け入れることは辛いし、
そのためには時間がかかることだってあると思います。

 

でも、せっかく自分という人間に生まれたのだから、
もっと自分自身を大切に扱って欲しいと願っています。

 

私は、これまで何年もこの身体や心を使って生きてきたことを思い出し、
楽しいときも苦しいときもその状況のすべて共に見てきて、
体験してきたのはこの世で自分自身しかいないのだと思えた時、
自分を愛おしく感じることができました。

 

私は、本当の意味で自分の喜びも苦しみを理解できるのは自分自身しかいないと思っています。

 

与えられたものに不満を並べ文句を言うのは簡単ですが、
それをいくら言ったところで何も変わらないと気づきました。

 

いかにこの私という存在を愛し幸せにできるのか、
それがこの世に生まれた意味、役割なのだと私は思っています。

 

私は「本当に自分を愛せるのか?」をいつも試されていたんだと思いました。