いじめを乗り越えて人生を幸せに生きるための方法

いじめ体験、その後遺症をどう乗り越えてきたか、人生を幸せに生き直すためのコツを紹介しています。

鬱病が良くなる兆し

当時、妹はそんな私の姿を見て察してくれたのか、
よく家の近くの公園に行って昔のように一緒にバトミントンをしようと誘い、
外へ連れ出してくれました。

 
でも、正直その時も重い腰をあげてやっとの思いで行くという感じでした。

 

ただ、子ども時代に戻ったかのように外に出て遊ぶということが、
元気だった昔の自分を思い出すことに繋がって、
じっと家の中で籠りっきりになるよりかは少しは良いのかもしれないと思い、
何とか続けられました。

 

また、その時期、母の影響もあってガーデニングを少しずつ始めるようにもなりました。

 

当時、マンションに住んでいましたが、母がベランダのプランターに花を育てていたので、それを真似して私は妹と一緒にトマトやサニーレタスなどの野菜や、ブルーベリーなどの果樹を育てることを始めました。


植え替えの時や天日干しするために土に触れている瞬間が、何とも言えない心地良さと安らぎを感じました。
その時、植物や土に触れるということは、人間の心にすごく癒しを与えるということを初めて実感しました。

 

また、母の勧めでお菓子作りをしたり、たまに食事を作るのを手伝ったりもするようになりました。
材料をそろえたり、計量したり、様々な工程を踏んで、一つの料理を完成させるという流れが、今思うと当時の私の脳を活性化させるのにすごく役立ったのだろうと思います。

 

最初は手際が悪く失敗も多かったけれど、やっていくうちに段々と家族に「美味しい!」と褒めてもらえるようになり、それがさらにやる気を起こさせてくれました。

 

料理が楽しくなるにつれて、今度は妹と一緒にお弁当を作り、それを母と妹と三人で近くの大きな公園に持って行き、外で食べるということもするようになりました。

 

そうやって料理を通して私の中で段々と楽しみが増えていきました。

 

今思い返すと、そういった一つ一つのことが、ある意味で症状の緩和やリハビリになっていたのかもしれないと思います。

 

そして、私は今その経験から自分があの当時なぜ鬱病のようになったのか、
自分なりに一つの答えを得ました。

 

それは、人生でやりたかったこと、自分の好きなこと、本道から大幅に反れたからだと思いました。

 

私には本来好きなことも、夢もいろんな才能もあったのに、
それを何一つ生かしておらず、さらにそれを生かす経験を自分自身に与えていなかったことに気づきました。

 

つまり、『自分らしさ』から最も遠くにいる状態であったのだと思いました。

 

だからきっと、「これ以上はずれたらだめだよ!」と、神様が鬱病という形で教えてくれたのだという気がしました。

 

無気力になって家に引きこもりがちになると、
嫌でも自分の内面、心と向き合うことになりました。

 

でも、その引きこもりの状態は、
自分を見つめ直す期間として実は重要だったのだという気がしました。

 

何に対しても無気力で絶望を感じていたということは、自分が本当は何をしている時が幸せ、喜びなのかを見失っている状態でもあったということなので、
それをもう一度思い出すために必要な時間だったのだと思いました。

 

そして、今私は神様は人間に幸せになってもらいたくてこの世を創ったのだと思っています。

 

神様は、人間が幸せに楽しく生きている姿を見ているのが大好きなんだと思います。

 

いつも幸せになって欲しいと願ってくれていて、
そうでない姿を見るといたたまれない気持ちになるのかもしれないとも思いました。

 

だから、あの時セーフティネットという意味で私に鬱病を与えたのだと思いました。

 

そのように見方を変えれば、「鬱病」というネガティブな状態も
緊急の救済措置とも思えて、
私にとってはそれが結果的に救いと呼べる出来事、意味を持つようになりました。

 

料理をする、植物を育てる、また後に子どもと接することも私にとっては
鬱病のような状態からの改善にとても役立ちました。

 

実は、自分のしたことが誰かのためになっているという体験も癒しにとても効果的なのだとわかりました。

 

「自分が存在していていい」


「自分の存在が感謝されている」

 

「誰かのために役立っている」

 

と感じられるということは、
人間が本質的に幸せだと感じられることなんだと思いました。

 

人間は神様にそのようにインプットされているんだと気づき、
私はそれを少しずつできる範囲で満たしていくことで、
その状態から徐々に抜け出していきました。