いじめを乗り越えて人生を幸せに生きるための方法

いじめ体験、その後遺症をどう乗り越えてきたか、人生を幸せに生き直すためのコツを紹介しています。

自らの闇を受け入れる その1

10代の頃の私は、自分自身が聖人君子のように心が清らかで無垢な存在であると信じて疑いませんでした。

 

いつの間にか自分の中に善か悪かという基準を持ち正義を作り上げ、
それに沿うように自分自身を演じたり、矯正するような生き方をしていました。

 

そして、その基準に合わない他者を憎んだり、怒りを向けていました。

 

でも、人生を歩む中で、そういった悪と思える闇の側面、卑劣で忌むべきものが自分の中にも宿っていることに気づくようになりました。

 

最初はそういった側面が自分の中にあることを無視したり、
他者のせいにしたりして正面から向き合おうとしませんでした。

 

それは、自分にそんな側面があるということを受け入れたくなかったし、
直視することが怖かったからでした。

 

やがて、そういった闇の側面も自らの中にあることに対して怖れを抱かなくなっていきました。

 

それは、自らの内面をただ中立的な立場で眺められるだけの心の余裕が生まれたからでした。

 

それらに左右されないという意志の力、自分の選択の力を信じられるようになったからでもありました。

 

自分の本心をしっかり見る、嫌な面でも受け止める覚悟を持つと決めて、
たまに自分の細かい心の動きを粒さに観察してみた時、あることがわかりました。

 

それは、ネガティブな感情に気づいた時、
無意識に目を背けてしまい、なかったことにして忘れてしまうということでした。

 

実はそうしてしまうと、
そのネガティブな感情の影響を受け続けてしまうということもわかりました。

 

例えば、私の場合、自分の中に自殺願望があった時、
自分には自分を殺そうとする残虐性が眠っていたということを知り、
初めはショックを受けました。

 

自分は「とても善良な人間だ、そんな悪人じゃない!」と思いたいという気持ちがあったので、それは自分じゃないと跳ね除けようとしました。

 

でも、それでは一行に現実が変わりませんでした。
なぜなら、目を背けるということ自体がそれを恐れているということ、
つまり、その感情の支配下にあって、
何か向き合えない理由があるということを意味していたからでした。

 

やがて、それに対処するために正面から向き合うこと、
それを認識し、はっきりと自覚することを行いました。

 

まず私には自分を殺そうとするような残虐な側面があったと素直に認めました。

 

そして、その上で

 

「でも、私は自分を殺さなかった」

 

「それを思いとどまった」

 

「もう二度と自殺しようとは思わない」

 

ということを自分自身に語りかけました。

 

たとえ、自分の中に残虐な側面があったとしても、
それを行動に移さない、私にはそれを選ばないという確固たる自信がありました。

 

それは自分自身を本当に愛しているからでした。

 

自殺によって解決しようなんて思わないと自分を信頼していました。

 

そのように思えると、もうそのことに影響を受けなくなっていました。

 

「自殺願望を持つことは理解できる。でも、私はそれを実行しない。」

 

「私に絶対的な選択権がある。」

 

「感情、考えは自由にいろいろと湧き上がってくるけれど、
それを受けて私が最終決定を下す。」

 

「感情や考えそれ自体に決定する力はない。」

 

「私がすべて決めている。」

 

「その決定による結果、責任も引き受けている。」

 

という気持ちになりました。

 

そうなると、もう自分の中の残虐な側面が効力を持たない、
力が急激に弱まるのが感じられました。

 

ただそこにあるだけ、私に存在を認知されているだけで、
私に影響を与えられなくなりました。

 

ただ感情や思考がそこにあることを認めてあげる。

 

それに私を突き動かす力はないと眺めている心境になりました。

 

これが私の中で到達したある意味で悟りの境地ともいえる感覚でした。


次回「自らの闇を受け入れる その2」に続きます。