いじめを乗り越えて人生を幸せに生きるための方法

いじめ体験、その後遺症をどう乗り越えてきたか、人生を幸せに生き直すためのコツを紹介しています。

自らの闇を受け入れる その2

その経験から、自分の中に闇の側面があっても、
ただそれがそこにあるだけであって、
私に対して何の効力も、威力も、脅威も持たないということを知った時、
自分の中の闇さえも自然と受け入れられていました。

 

昔から伝わる諺に「清濁併せもつ」という言葉がありますが、
私はそれを初めて聞いた時、なんで濁りというネガティブなものもあえて取り入れなければならないのだろう?とその言葉の意味が理解できませんでした。

 

よく人間的に深みのある人物や、重厚な雰囲気を感じさせる人物は、清濁両面をどちらも均等に大きく保持しているというような話を周囲から聞いていました。

 

人間としての深み、人間性の高さが、なぜ清らかな面だけを持っているだけでは得られないのだろうと不思議に思っていました。

 

今は、その言葉の意味が理解できるようになりました。
人間には元々善い面、悪い面、両方が備わっていて、そのどちらが優位に作用して現れているのかという違いしかないのかもしれないと気づいたからでした。

 

それに、そういったネガティブな要素を自分の中に内包して生きていくことも可能だと気づけました。

 

それまでの私だったら、すぐにそんな側面は排除してしまおう、無くしてしまおうと思っていました。

 

清らかで、無垢で、優しさや愛に溢れた側面だけしか、受け入れない、受け入れたくないと思う心がありました。

 

そうでなければ、自分自身を肯定できなったし、愛せないと思っていたからでもありました。

 

でも、今は自分のそんな闇の側面もまるごと愛せるようになりました。

 

私は、時に弱さから堕落したり、
同じ過ちを繰り返したり、頑固に自分の信念を曲げなかったり、
自分に非があるとわかっているのにそれを認めなかったり、
他者に敵意を向けたり、差別する心もあると知りました。

 

全然見当違いなことを正しい、真実だと思い込んでいたり、
一度理解したことでも再び忘れて振り出しに戻っていたり、
臆病さから逃げ回ったり、嘘をついたり、本当に数え切れないくらい
ネガティブな側面が自分にはあるとわかりました。

 

時に嫉妬心から他者の不幸を願ったり、
心の中で悪態をついたりすることもありました。

 

少し成長したかと思うと、それ以上に後退していたり、
ほんのわずかな一歩すら踏み出すのに、何年も時間を要したり、
他者に迷惑をかけてきたりもしました。

 

人生の過程で、自分の愚かさ、弱さ、醜さを認め受け入れることでしか、
私はその先の人生を生きていくことできなかったという理由もありましたが、
それがむしろ自分を成長させてくれたとも思えました。

 

そして、自分の中の闇、弱さもすべてを認められた時、
他者に対しても心から優しく寛容になれることに気づきました。

 

もし私が人生において挫折を経験せず、
自分の中にある闇を知ることがなかったら、
きっとこんな気持ちにはならなかっただろうと思いました。

 

自分の考えることがすべて正しいと思い込み、その信念を曲げず、
自分とは異なる他者を攻撃したり、排除したりしていただろうと想像がつきました。

 

結局、そういう意味でも自分に人生には必要な出来事しか起きていなかったのだと思いました。

 

人生において壁や障害が生まれるのも、
自分に原因があったし、改めるべき何かがあったからそうなったのだろうという気がしました。

 

次回「自らの闇を受け入れる その3」に続きます。