いじめを乗り越えて人生を幸せに生きるための方法

いじめ体験、その後遺症をどう乗り越えてきたか、人生を幸せに生き直すためのコツを紹介しています。

自分の道を切り拓く その1

この世界には沢山の種類のいじめや差別が存在します。

 

私の場合は、そのいじめ、差別を生むきっかけが単に生まれつきの体質、容姿、見た目といった肉体的な特徴の違いにありましたが、より広い視点に立てば、国籍、人種、性別、階級、学歴など様々です。

 

私は自分がいじめや差別を受けている当時、
どこかで私を受け入れてくれない周囲の存在や社会が悪いのだと決めつけていました。

 

そして、いつか周囲が心を変えて、もしくは社会が成熟して、
私に対する受け止め方、接し方を変えてくれることを願い期待して待っていました。

 

でも、結局そんなことをしていても、
自分の外部にあるものに自分を委ね、流されて生きることにしかならないのですが、
その当時私はそのことに気づけませんでした。

 

時が経つにつれ、いくら自分がその変化を待っていても
本当の意味で救われないと気づきました。

 

私の父は、幼い頃からよく私に対して
「何事も他力本願で生きるな。」と口を酸っぱくして言っていました。

 

おそらく今思えば、親という立場から私の性格を見抜いていて、
そのことを危惧していたのだと思います。

 

私はその父の言葉が後になってようやく理解できるようになりましたが、
それは私が陥りやすい性格的な傾向であることを教え、
人生を棒に振るような生き方をしてほしくないという親心が込められていたのだと
後に気づかされました。

 

いつしか、そんな周囲の変化や時代の流れという曖昧で不確かな、自分の意志ではどうにもならないものに自分の人生を預けるのは嫌だと思うようになりました。

 

そして、段々とそんな自分の生き方が無性に腹立たしくも思えてきました。

 

過去の歴史を振り返っても、確かに社会は徐々に成熟し、
ひと昔前まで受け入れられなかった価値観が時代の流れとともに当たり前のように受け入れられるようになってきていることもあります。

 

また、この世には心の冷たい人たちだけでなく、
愛に溢れる人たちも沢山いることも知っていました。

 

だから、愛のある人たちから助けられ、援助を受ければ、
一時的に私の人生は幸せになれると感じることができました。

 

 でも、それだけでは根本的な解決にはならないということも同時にわかりました。

 

誰かの優しさに甘えて生きていても、もしその人が自分の周りからいなくなったら、
また私は同じようにいじめられ、差別され孤独を感じて生きていかなければならないだろうと思えたからでした。

 

もっと根源的な部分で私はいじめや差別を乗り越え幸せを掴みたいと思い、
それを探すことにしました。


 
その時、初めて自らが主体性を持って社会で生きていく、
自分の人生に責任を持ち、自ら人生を開拓し確立する道を選ぼうということを思いました。

 

その方が自分を苦しみから救うには一番早いと考え、
実際そのことで自分らしい生き方、自分を生かす道を見つけよう、
そのために道を切り拓こうという心のあり方が、
その当時の現状を変化させる最も有効で効果的な手段となってくれました。

 

次回「自分の道を切り拓く その2」に続きます。