いじめを乗り越えて人生を幸せに生きるための方法

いじめ体験、その後遺症をどう乗り越えてきたか、人生を幸せに生き直すためのコツを紹介しています。

スクールカウンセラーとの出会い その1

私は大学に入り、精神病の症状が特にひどかった時期、
親に知られたくないという思いから精神科の病院に行くという
選択肢を自ら断ちました。

 

そして、自分の精神病のことを誰にも相談できずにいました。

 

自分がそのことを告げたら家族の恥になるのではないかという怖れがあり、
両親だけでなく、仲の良かった兄妹にすら相談できませんでした。

 

おそらく家族は私が言わなくても薄々察してはいたかもしれませんが、
はっきりと自分の口からは言えませんでした。

 

また、大学の講義が一緒の時だけ話す友人が一人、二人はいましたが、
身近に連絡を取る友人は一人もいなかったので、家族以外にも相談できませんでした。

 

そして、精神科の病院に行くことをそこまで頑なに拒んだのは、
そのことで自分が薬漬けにされるのではないかという強迫観念、思い込みがあったからでした。また、漠然と一度薬に手を出せば、それに依存してしまいそうにも思えて怖かったからでもありました。

 

私が大学一年生だった頃、大学には何とか無理矢理通っていたものの、
元気がなく家に閉じこもりがちで休日は何もせず家で過ごしていました。
そんな私を心配していた母は、自宅近くでたまたま見つけた花屋でのアルバイトを勧めてくれました。

 

それが私の人生初のアルバイトになりました。

でも、始めてまもなくクビになりました。

 

仕事の要領が悪く店長からよく注意を受けることが多かったこと、
アルバイトを始めて数回目の出勤時に、夕方からのシフトにも関わらず、
その前に昼寝をして寝過ごし遅刻してしまったからでした。

 

アルバイトに遅刻した日の翌日、
突然店長から「あなたはうちには合わないと思います。明日から来なくていいです。」という一本の電話があり、そのアルバイトの仕事はなくなりました。

 

その出来事を機に、私は自分自身がまったく仕事ができるような能力がなく、
また精神状態でもないとわかりました。

 

そして、母も半分諦めたのかそれからしばらくの間は私にアルバイトを勧めなくなりました。

 

アルバイトもろくにできない状態だったので、自分が自由に使えるお金はわずかでした。

 

私は、大学の受験時に真面目に勉強をせず、唯一受かった私立大学に入学したため、勉強する意欲もないのに親に高い学費を払わせていることに対して罪悪感がありました。

 

その時、親への負担を少しでも軽くしようという私なりの罪滅ぼしから、
教科書などの教材費や通学にかかる交通費は、
自分がそれまでお年玉などで貯めていた貯金から賄っていました。

 

アルバイトで収入を得る道も断たれていましたので
自分が自由に使えるお金はほんのわずかでした。

 

もし仮に精神科の病院に対するネガティブなイメージがなく、親に内緒で行けたとしても、その治療費を払うお金が自分にはありませんでした。

 

だからといって、親に精神科に行きたいと言い、治療費を払って欲しいというのは絶対に言えませでした。

 

すでに大学に通わせてもらっていることで、金銭的な負担をかけているのに、これ以上親に負担や迷惑はかけられないと思ったからでした。

 

両親に申し訳なくて、私の中では絶対口にしてはならない言葉になっていました。

 

次回、「スクールカウンセラーとの出会い その2」に続きます。