いじめを乗り越えて人生を幸せに生きるための方法

いじめ体験、その後遺症をどう乗り越えてきたか、人生を幸せに生き直すためのコツを紹介しています。

新しい価値観を与える その2

5.「すみません」が口癖になる
→この口癖はなかなかやめるまでに時間がかかり、約15年近くもその口癖が抜けませんでした。

 

思い返せば、そのことを自覚したのは高校生の頃でした。


当時、高校の図書室によく通っていて、司書の先生と顔馴染みになっていました。
そして、その司書の先生が事あるごとに「すみません」と言っている私の姿を見て、「すみませんなんて言う必要ないのよ。何も悪い事なんかしてないんだから。」と言ってくれたことで、初めて自分がそれを無意識に使っているということに気づきました。

 

でも、その頃、いじめや差別の渦中にあり、自分自身がこの世に存在していることさえどこか負い目を感じるくらいにまで自己肯定感が下がっていました。そのため、そう指摘されてもその口癖をやめようとは思いませんでした。

 

いつも他者から攻撃を受けないように、とりあえず「すみません」という言葉を使うことで身を守っていた部分がありました。

 

その言葉を発している時の自分というのは、どこか弱々しい印象を他者に与えていて、「私はこんなにも弱い存在なの。だから、もうこれ以上私を傷つけないで。」という意志表示をしていたのだろうと思いました。

 

ただ、段々と成功体験を積み重ね、自己肯定感が高まっていくにつれ、「私は、なんですみませんなんて言ってるのだろう?別に何も謝るようなことをしていないのに。」と、無意識に口から出るその言葉に対して、自分でも段々と違和感、疑問のようなものを抱くようになっていきました。

 

さらに、そう言っている自分がどこか恥ずかしい、他者に媚びを売っているように思えてきて段々と嫌だなと思うようにもなってきました。

 

そして、意識的にそれを使うことをやめようと思いました。
やがて、いつの間にか気づいた時には、もう「すみません」という言葉を無意識に言わなくなっている自分がいることに気づきました。

 

自己肯定感が高まるにつれて、自分を弱く見せて他者からの攻撃を回避したり、身を守ろうとしたりする必要性がなくなってきたのと同時に、自然とその口癖がなくなっていました。

 

自分自身にいつも「すみません」と言わせるというのは、よく考えればとても可哀想なことを自分に対してしていると思えてきました。

 

何も悪いことをしていないのに、自らに非があるかのように常に罪悪感をに抱かせ、肩身の狭い思いをさせるというのは自分で自分を虐待しているのと同じことに思えました。

 

私は自分を愛するにしたがって、自分をそのように扱うことをやめていきました。

 

6.何でも自分の責任と一人抱え込んでしまう=他者に頼れない

→何でも自分の責任で一人で何とかしようとする癖があったため、要領が悪く必要上に時間がかかっていたり、自分の許容量を超えることを引き受けたため身体を壊したり、仕事においてミスを重ねたりしていました。
結果、求められている成果を上げられずに周囲に迷惑をかけてしまうことも増えていました。

 

それなのに、他者から「手伝おうか?」と言われても、その人に申し訳ない気がして断ったりもしていました。

 

でも、段々と自分の得意不得意がわかるようになり、できる量には限界があるんだということを知り、困った時は他者にお願いしたり、相談したりするようになりました。

 

そうやって限界まで自分にいろんなことを課した結果、もうどうにもならなくなって、必然的に他者に頼らざる得ないという状況に追い込まれたことで、初めてすべてを自分一人で何とかしようとする癖が少しずつ抜け始めました。

 

さらに、その分野が得意な人に任せた方が、短時間で質の高い結果を生み出せるということにも気づき、他者の特性、人によって何をお願いするのが適当なのかを意識して見るようになり、それを判断する目も養われていきました。

 

自分が得意なことは積極的に引き受け、苦手なことはそれが得意な人に助けてもらったり、アドバイスを聞きコツを教えてもらったりして、他者と協力して行うようにしていきました。そして、一人で抱え込んでやるよりもその方がずっと全体にとって良いということに気づきました。

 

自分の弱さ、不得意なことをはっきり認識し、助けてもらった時は感謝する心を忘れず持ち続けていたら、自然と困った時に何かしら救いの手が差し伸べられるという人生を歩めるようになっていました。

 

7.自分の存在に価値を見い出せない

→長い間、自分の長所や良さ、得意なこと、魅力が全然わからずにいました。それまでの人生の中で他者から褒められたことや、自分が得意だと自覚していたことはありましたが、それが極端に少なくどこか偏っていたようにも思いました。

 

そして、他者からたまに自分の長所を言われたりすると、「どうせお世辞を言っているんだ」と真に受けず、聞き流したりもしていました。

 

また、いじめや差別の体験から、目立つことへの怖れ、何か長所を持っていると妬まれて叩かれるのではないかという不安もあったため、どこか褒められると気持ちが落ち着かない状態になりました。

 

「私のことは放っておいて!」「良いことであっても、目立つのは恥ずかしいから嫌!」、「私は長所なんかないダメ人間なの!」と思い、隠れるように生きていました。

 

実際、褒められることに慣れておらず、「そんなことない」と謙遜していましたが、それは本心では「自分をそんな風に高く評価してやらないぞ!」と自分に対して思っていた節もありました。

 

自尊心や自己肯定感を高めるきっかけを他者が与えてくれていたにも関わらず、私はそれを自ら受け取ることを拒否していて、いつまでも自分のことを嫌っている自己嫌悪の塊のような役を演じ続けていました。

 

でも、段々と言われる頻度の多い褒め言葉や、今まで言われたことのなかった側面を褒められる機会が増えてくるにしたがって、「自分には実はそういう面もあるのかもしれない」と素直に受け入れられるようになっていきました。

 

また褒められれば、たとえそれを強がってつっぱねても、少し嬉しい気持ちはありました。それを自分にもっと感じさせてあげようと思うように変化し、褒められることに自然と慣れていきました。

 

最終的に他者の褒め言葉に対して、素直に「嬉しい」「ありがとう」と言える自分になっていて、他者は自分の知らない自分の良さを気づかせてくれているんだと思い感謝できるようになりました。

 

そしてそれを受け入れて、自分の長所や良さ、魅力をどんどん増やしていき、いつの間にか自分の存在に対してより多くの価値を見出せるようになり、自分を愛せるようになっていました。

 

8.自分に魅力がないと思い込んでいて、異性を遠ざけてしまう

→幼少期から自分が女性に生まれたということに対して、どこか違和感を感じていたので、それに拍車がかかっていたような状況に陥っていました。

 

「本当は男性として生まれたかったのに、何で女性なんだろう?」と神様をどこか恨む気持ちも抱いていました。

 

女性らしい服装をしたり、メイクをしたりすることに対して極端な生理的嫌悪感がありました。それに、どこかそういう女性らしい生き方をしている人たちを軽蔑して見ていたところもありました。

 

でも、本当は自分もそうなりたいのにその気持ちに素直になれず、欲しいものが得られない鬱憤を他者を軽蔑することで紛らわせていたとわかりました。
「自分は独身で生きる方が合っている、カッコいいんだ!」とさらに自分の本心とは真逆のことを思い強がって生きていました。

 

でも、周囲の人たちが、どんどんパートナーを持つようになっていったり、結婚し子どもを産んでいる姿を見ることが自然と増えていくと、自分の心境にも変化が生まれ始めました。


また、自分の年齢が上がるにつれて、周囲から「結婚しないの?」「あなたには独身よりも結婚の方が向いている」「早く結婚した方がいい」「男性を紹介してあげようか」などと言われる頻度も増えていきました。

 

さらに、ある時自分が一人旅をしている時、カップルがやたらに気になることがありました。
意識的には気にかけていないようにしているのに、どこか目を奪われている自分に気づきました。その時、私は自分の本心が楽しそうにしているそのカップルの姿を羨ましく思っているということにうっすらと気づきました。

 

それまで、私はずっとパートナーなんかいらない、自分のことを愛してくれる男性なんてこの世にいないと頑なに思っていたので、そういう人を意識的に探そうとしたり、出会いの場に行くということをしていませんでした。探す前からもう無理だと諦めていました。

 

そうやって女性として生まれた喜びや楽しみを一切自分に与えないように無意識に行動していました。

 

でも、ある時、思いがけない形で運命的な男性と出会い、自分は本当はパートナーが欲しいと思っていたこと、結婚したいと思っていたという本心が堰を切ったように溢れ出しました。
もうそれは抑えきれないくらい強烈なもので、これまで自分が自分に嘘をついて蓋をしていたことがすべて明かされ、自分の本心と否応なく向き合わされることになりました。


そして、少しずつ自分の気持ちに素直になって、本心の願いを解放していくようになると、「自分もパートナーを持っていい」、「結婚して幸せになっていい」と思えるようになりました。

 

それ以降、より一層自分の女性らしさを磨くことに取り組み始め、女性としてたった一人の男性に愛されることの喜びや幸せを感じることができるようになりました。

 

次回「新しい価値観を与える その3」に続きます。