いじめを乗り越えて人生を幸せに生きるための方法

いじめ体験、その後遺症をどう乗り越えてきたか、人生を幸せに生き直すためのコツを紹介しています。

まとめ

私が自分の人生を通じていじめや差別を経験したのは、
自分自身に対する自己愛が失われた結果であったと思いました。

 

この世でいじめや差別を経験するには、
自分のことをとことん嫌いになり虐げる気持ちを持つと
そのような現実を体験できるということがわかりました。

 

それはつまり、反対に自分のことを愛し尽くそうという気持ちを持つと、
ラッキーなことが頻繁に起きたり、
幸せを感じられる現実を体験できるということでもありました。

 

すべて自分自身が何を信じるのか、選ぶのか、受け入れるのか、
許可するのかという決定によって、現実が変化するということがわかりました。

 

自分自身がこの目に見える現実を創造しているとは、
誰しも信じがたいとは思いますが、
それがすべての真実だったと気づきました。

 

神と同質のものが一人一人の魂にも宿っているため、
そのような現実を創造するという力も当然与えられていて、
すべての人がそれを無意識に使っているのだと思いました。

 

この事実に気づいて、その現実を創造する力を
ポジティブな方向に使うことができれば、
人生の逆転現象が起こせます。

 

ネガティブな体験を多く経験してきた人は、
それを一度ポジティブな方向に切り替えれば、
反対にものすごく多くの幸せを手にできる可能性があります。

 

なぜなら、同じ力をプラスに使うかマイナスに使うかの違いだけだからです。
潜在的に持っているエネルギーは大きいことには変わりはなく、
不幸のドン底を経験した人はかえって、
幸福の絶頂も体験できる可能性を秘めていると言えます。

 

実際、私は不幸のドン底にあった時は、
現実を創造する力を最大限自分を不幸にするために使い続けていました。

 

でも、それを幸せにする方向に使い始めた途端、
加速度的に状況が改善されていくということが起きました。

 

私はどんな時もこの世の体験はすべて自分自身によって生み出されているということを忘れないでいたいと思いました。

 

ふとした瞬間に、周囲の環境や他者、過去の経験(過去世も含む)、育ってきた境遇などのせいにしてしまいたくなることがありますが、それは「私は自分を幸せにしたくない」「私はこの現実を変えたくない」と意志表示をすることに繋がってしまうということにも気づきました。

 

何事も周囲に見える他者や現実のせいにせず、自分が起点となっているということに立ち戻って、状況を観察し意識的に行動を改めていくと、どんな状況においても必ず幸せへ繋がる道を見出すことができます。

 

私は自分の人生体験から、
誰もが自分自身を心から大事に思い、愛する気持ちを忘れなければ、
どんな状況にあっても自分の人生を幸せに生き直す力を持っているということを
心から信じています。

 

そのことを思い出させてくれた、気づかせてくれたことを思えば、
過去の辛かった出来事もキレイ事ではなく感謝できる気持ちになれました。

 

過去の経験は自分自身で招いてしまったことではあったけれど、
今はそのことを責めることなく、
「それも一つの経験として学びを得られて良かった」と思えるようになりました。

 

「神様は乗り越えられない苦しみを与えない」とよく言われますが、
私もその言葉を今は心から納得し受け入れられます。

 

生まれる前に自分がこの人生体験を選択して生まれてきていると知った時、
初めは信じられませんでしたが、実際、今になってみてすべてが腑に落ち、
自分は強い存在だったからそれを選んで生まれてきたということにも気づくことができました。

 

人生の幸不幸という落差や感情の振れ幅の大きさを体験するということは、感動を体験することにも繋がりました。

 

過去の経験があったからこそ、私は今をこのように生きられるようになっています。
当たり前の何気ないことが、いかに多くの人の愛や助けに支えられているのか、奇跡のような出来事であるのかということを身に染みて感じられます。

 

それは過去に辛い経験があったからこそ、当たり前のことがそうではない、とても恵まれていたということに気づけるようになったからでした。

 

人間万事塞翁が馬」という諺があるように、
何が自分にとって功を奏するのかわからないということも同時に思いました。

 

一見不幸と思えることも実は幸せに辿り着くための一つ道のり、通過点で、きっかけを与えてくれるチャンスであったのだと自分のこれまでの人生を振り返って思います。

 

人間はどんな時もより幸せであろう、幸せになろうと求めるようにプログラムされて生きているのだということも思いました。

 

神様は誰もが自分の持つ現実を創造する力に気づいて、
やがて幸福を存分に体験することを望んでいるのだという気がします。

 

突然ですが、本日を持ちまして記事の投稿をお休みさせていただきます。

 

思うように伝えたいことがまとまらず拙い文章ではありましたが、今の私が表現できる言葉で伝えられることを精一杯書いてみました。

 

また、記事を書くことで自分にさらなる癒しが起きたことも感じられました。
そして、自分の思いを伝えるという大切な経験の一つになりました。

 

本当の意味で過去と決別する、それを自分自身の肥やしとして昇華させるという意味もありました。

 

日々このブログ記事を読んで下さった読者の皆様には深く感謝いたします。
それがいつも心の励みとなり、何とかここまで書き続けることができました。

 

このブログが少しでも多くの人の心に何か気づきを生むきっかけとなり、
人生のお役に立てることを願ってやみません。

 

これまでありがとうございました。